モルモン

とは?

What of the

Mormons?

ニューズ-本部ニューズ ルームから-2009年4月04日

 

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新しい十二使徒定員会の会員が召されました。

2008年12月01日にジョセフ・B・ワースリン長老は死亡されました。ジョセフ・B・ワースリン長老の後任として、今朝 ニール・L・アンダーセン長老(57歳)は十二使徒定員会に召されました。 1993年7月号から、アンダーセン長老が七十人に召された時のい(まだ校正されていない)紹介記事は載せています。

そして地域七十人の職から、青柳弘一、菊地長老と堀田徹長老は解任され ました。青柳長老は七十人第二定員会員の幹部の職に召されました。(下記の写真を見てください。)新しい地域七十人として、東京の楠目かつみ長老、岡山の中塚ひろふみ長老、と 埼玉の大石ちかお長老の3人は召されました。 (地域七十人の名前ローマ字から書いた報告ですから、正しくない可能性はあります。)

ニ一ル・リンデン・アンダーセン長老 

今から3年前, ニ一ル・L・アン7ダーセン長老と奥さんのキャシー・アンダーセン姉妹と4人の子供たちは,総大会のビデオを見ていました。七十人第一定員会会員に新たに召されたアンダーセン長老は,このビデオの中で,新しい賛美歌集の『大管長会はしがき』を読むように,また賛美歌をないがしろにしないようにという十二使徒の話が印象的だったと語っています。 

当時フランスのボルドー伝道部の伝道部長であったアンダーセン長老は,その勧告を家族とともに心に留めました。「以来,賛美歌を覚える時間を,ほとんど毎日の日課のようにしました。こうして私たちは,大管長会が記したはしがきにある豊かな約束を実感しました」と長老は言います。 

アンダーセン家では,家族一緒に家庭の夕べを行なって大会の説教について研究し,勧告や約束には特に心を向けています。そして,一緒に家族の目標を決めています。 

「私たちは予言者や使徒の教えに従った道を熱心に歩まなければ,受けられるたくさんの祝福に気づかないものです」とアンダーセン長老は語ります。「私たち家族は,祝福が実現するのを何度も見てきました。」 

教会指導者に対する尊敬と従順の種は,故郷アイダホでの少年時代にまかれました。195189日に生まれ,ポカテロで成長したアンダーセン長老は,青少年のころ,小さな白黒テレビで土曜日の総大会の模様を見たことを覚えています。総大会の話を聞きに,家族で何時間も車に乗ってソルトレークシティーまで行ったこともありました。大会の後,何人かの教会幹部と握手もしました。「その教会幹部の方たちから大きな力を感じて,彼らに対する深い信頼が生まれました。」 

アンダーセン長老はフランスで伝道し,1975320日,キャシー・ス一・ウィリアムズ姉妹とソルトレーク神殿で結婚しました。彼はブリガム・ヤング大学を卒業し,ハーバード大学で経営管理学の修士号を取得しました。その後,ふたりはアンダーセン姉妹の故郷であるフロリダ州タンパに移り住みました。そこでアンダーセン長老は広告会社を経営し,後にモートン・プラント・ヘルス・システム社の副社長となりました。また,伝道部長,ステーキ部長,副ステーキ部長,高等評議員として奉仕してきました。 

「最も幸せな思い出のいくつかは,教会の責任を果たしている時のものです」とアンダーセン長老は言います。「主が私たちの能力を築き,高めてくださるのは,人のために働いているときだと思うのです。与えられた召しに対して至らなさを感じるとき,何度も何度も私を力づけ,高めてくださる寛容な主の助けを感じてきました。謙遜(けんそん)にさせられるこの新しい召しについて思いをはせるとき,今の自分の支えとなっているのは,このような経験から得た知識なのです。」口

 

青柳弘一長老と青柳姉妹